01話 かち合う出会い


今年の春から青春学園の中学二年生になる。
私、

青春学園中等部男子テニス部に入り、唯一の女子マネージャーをしている。
学校ではなんの不満もなく楽しく過ごしているし、自分で言うのもなんだが真面目な方だと思う。

でも、だからと言って何かが特別に秀でて出来ることがあるというわけでもない気がする。
あえて特徴をあげるなら、そう…。

推理小説を読むのが大好きで少しテニスが出来るというくらいだろう。
そんな私が、今日はある家を訪れた。表札には「越前」の文字。

「ここ、だよね?」

日本風の広い家に圧倒されてしまう。
書かれた地図もこの場所を示しているし、表札で名前を確認したから間違いない。
今日から私がお世話になる家だ。

「落ち着け、落ち着くのよ

父が仕事で、アメリカに住むことになった私は、両親に転校を勧められた。
しかし、私みたいな子供にだって拒否権くらいはある。ましてや外国。簡単に人の人生を決められては困る。
友達とだって別れたくないし、私自身ここでやりたいことだっていっぱいあるのだ。
それに、私はまだ中学二年生。

部活だってこれから面白くなるって時に、誰も知り合いがいない見知らぬ土地で?しかもそれがアメリカ?冗談じゃないわ!

「すみませーん!」

母は、私が心配で日本に残ると言ってくれたが、私としては、いつまでも子供思考な父を一人でアメリカに行かせる方がもっと心配だった。
そのためこうして私が、父の古くからの親友で今年、外国から帰ってきたばかりという「越前さん」の家にお世話になることになった

「あれ?誰も居ないのかな?」

チャイムを何回か押すが、誰も出てくる気配はない。
確かこの家は、可愛い奥さんと元テニス選手の旦那さん。そして、私の他にも下宿しているという綺麗な大学生のお姉さんと、あとは…。

「ほぁら~!」
「待て!カルピン!!」
「え?」

家のドアが開き、声がしたと思い、私がチャイムの柱から顔を出した。
その一瞬の出来事だった。

「ほぁらー!」
「き、きゃあああ!」

突然、泡だらけでまるで狸のような容姿の猫が、ジャンプをして私の顔面めがけて飛んで来た。

ドシーン!!

「ぶっ!」

私はその猫と衝突し、その猫の重さを顔面で受け止めることはできず、フラリと後ろに倒れた直後、その衝撃は襲ってきた。
ガンッ!

凄まじい音がたつほど道路に後頭部をぶつけ、目を回す。

「カルピン!」

私は、そう呼ぶ少年の声が聞こえたと同時に意識を手放した。



「ん…痛っ」

後頭部の痛さに目を覚ますとそこには見慣れない天井。どうやら、和室のようだ。
私がスッと体を起こすと、パサッと濡れたタオルが頭から落ちた。

「これは?」

誰かが看病してくれたのだろうか?
私は、ズキン!と痛みを感じる後頭部を押さえながら先ほど起こった出来事を懸命に思い出そうとする。

「えっと…確か、あの時」
「目、覚めた?」
「え?」

私は、そう言う透き通ったアルトの声のする方へと目を向ける。
そこに立っていたのは黒髪で綺麗な顔をした少年。

「(あー…。たしか、私より一つ年下の男の子がいるって言ってたっけ?)」

両親に説明されていたことを思い出し、ここはあの「越前さん」の家なのだと私は理解した。

「えっと…。君がここまで?」
「そう」
「あ、ありがとう!」

私が笑顔で彼にお礼を言うと、思いもしない返答が彼から返ってきた。

「なんで?」

“なんで?”って…。予想外の返答に私は目を大きく見開く。

「私のこと、ここまで運んでもらったし、他にも」

看病してもらったし、いろいろお礼言うことはあると思うんだけど。と言おうとしていたら、彼は「ああ」と先ほどの出来事を思い出したように言葉を返される。

「別にいい」
「え?」
「あれ、俺の猫だし」
「あ…」

そう言われ、私の方に飛び出してきた猫のことを思い出した。

「でも、やっぱりお礼言わなきゃね。ありがとう」

彼の方を見て、そう言うと目線をそらされてそっけなく一言だけ返された。

「別に」

どうやら、彼は相当ぶっきら棒な性格らしいが、悪い子ではないみたいだ。
少しだけおかしくなった私はクスクスと声を抑えて笑う。
すると彼はムッとした表情を見せる。

「…何?」

彼の機嫌を損ねてしまったらしく、私は睨まれてしまった。

「ううん、なんでもない!」
「そう?」
「うん!あ、自己紹介まだだったね」

ここまでしてもらっていたのにも関わらず、私は自分が何者かを名乗っていないのを思い出し、スッと立ち上がる。

「私、。宜しくね」

彼に右手を差し出すと、彼はゆっくりとズボンのポケットから手を出す。

「…越前リョーマ」

とだけ名乗り、私の手を取ってくれたのだった。

「これ、あんたの荷物でしょ?」
「あ、うん。ありがとう」

どうやら、私が持っていた荷物まで運んでくれたらしい。

「重かったでしょ?」
「あんたほどじゃない」
「ごめんなさいねー!重くって!」

女の子に向かって、ひどすぎる言い方だ。
どうやら彼は、ぶっきら棒の上、かなり生意気な性格らしい。

「冗談じゃん」
「いまさら遅いわよ!」
「それより、なんなの?その大きな荷物」
「え?聞いてないの?」
「なにが?」
「私、今日からこの家でお世話になるのよ」
「…はぁ?」

どうやら、彼は本当に聞いていなかったようだ。目を大きく見開く彼はまっすぐに私の方を見ていた。


「暫く見ない間に、綺麗になったなぁ!ちゃん!」
「今日からお世話になります!南次郎さん!」
「なぁに、いいってことよ!」

飄々と仁平を着こなし、お調子者っぽく言う彼こそが、越前南次郎さん。
かつて「サムライ」と言われたテニスの天才選手だったが、世界一になる直前の若い頃に、すぐに引退してしまったらしい
まぁ、これも私の父から全部聞いた話だから私自身、詳しくは知らない

「自分の家だと思って、楽にして頂戴ね」
「ありがとうございます!倫子さん!」

美人で優しそうな南次郎さんの奥さんである倫子さん。こんな綺麗な人がお母さんだなんて、リョーマ君が少し羨ましい。

「困ったことが有ったら、なんでも言って下さいね」
「宜しくお願いします!菜々子さん」

大学生でこの家に下宿していると聞いていたが、長い綺麗な黒髪で頭も良さそうな上とても優しそうだ。
家の人を見ていると、皆、優しそうでなんとかやっていけそうだが、まだ、私には問題がある。

「俺、聞いてないんだけど?」

そう。問題は彼、リョーマ君だ。
どうやら、私がここに住むことにかなりの不満があるらしい。当然と言えば当然なのだが、 困った…。
私がリョーマ君の方を困った様子で見ていると、南次郎さんが私の頭にポンと手を置きニッコリ笑いながら言った。

「なに言ってんだ。お前、二日前に自分で運んだだろ?」
「…なにを?」
「家に来たちゃんの荷物だよ」
「は?一体、何の…あ。」

なにかを思い出したようにリョーマ君は、さらに不機嫌な表情になる。

「あれは、親父が無理矢理運ばせたんだろ!」
「ってことは、もうちゃんの部屋は知ってるよな?」
「はぁ?!」
「部屋まで案内よろしくな、リョーマ!」
「親父!」
ちゃん。あんな息子だが、仲良くしてやってくれな」
「あ。はい」

私にそう言い、南次郎さんは鼻歌まじりにどこかに行ってしまった。

「あ、あのー…」
「…はぁ」

申し訳なさげに私がリョーマ君に声を掛けると、リョーマ君は深くため息を吐いた。

「なんか、ごめんね。リョーマ君」
「あんたが謝る必要ない。勝手に決めたクソ親父に呆れてるだけだから」
「え?そう?(クソ親父?)」

どうやらリョーマ君は、南次郎さんのことが苦手のようだ。
まぁ、男の子なんだしそういうものなのかもしれない。

「ついて来て」
「あ、うん」

私はリョーマ君の後ろについて階段を上がった。



階段を上がると、いくつかの扉があり、少し進んだところで立ち止まる。
「ここ」と言い、リョーマ君が左手のドアを指す。

「俺の部屋、隣だから」
「うん。分かった。あの…リョーマ君」
「なに?」
「私が来る前に、ダンボールの荷物も運んでくれたんだよね?」
「好きで運んだんじゃないけどね」
「でも、運んでくれたんでしょ?ありがとう」
「あんた、お礼言うの好きだよね」
「え?そうかな?」

そういえば、リョーマ君には今日、お礼ばかり言ってる気がする。
でも、本当に感謝してるんだから仕方がない。

「そんなに気にしなくていいから」

リョーマ君はそう言うけれど、私が迷惑をかけてしまっているのは明らかだ。
ただ、お礼を言うばかりじゃ足らなくて、申し訳ない気がする。

「じゃあ、なにか食べたいものとかある?」
「はぁ?」
「お礼になにか奢ってあげる」
「いらない」
「いいから言いなさい!私の気が済まないでしょう!」

私がリョーマ君に怒ったように言うと、リョーマ君は、呆れたように、はぁ。とため息を吐いた。

「ファンタ」
「え?」
「ジュースでいいから。今度、あんたの奢りね」
「うん!」

こうして、心配ばかりが膨らむ中、私の新たな生活が幕を開けたのだった

あとがき
再始動。はじめましての方もお久しぶりの方も、どうぞよろしくお願い致します。

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