04話 機嫌と期限


「おい、リョーマまだ時間あるだろ」
「やだ」
「まだいいじゃねぇか!」
「親父うるさい」

彼の機嫌は最悪だった。
が遠征に出かけた次の日、つまり今日は、リョーマの大会の日である。しかし、彼女が出かけてたった一日しか経っていないのに、家にいた彼女がいなくなるとやはりどこか静かで広く感じてしまう。

「やっぱり、寂しいですね」
「当たり前よ。もうちゃんはうちの家族だもの」

倫子と菜々子は、洗濯物を整えながらそんな会話をする。

「ほぁら~」

カルピンもどこか寂しそうに丸くなって眠る。

「ったく、リョーマの奴」
「おかえりなさい」

テニスのラケットを持ち、リビングに入ってきた南次郎に倫子は声をかけた。

「付き合いが悪い奴だぜ」
「リョーマは今から大会なんだから仕方ないでしょ?」
「それにしても、どこかおかしいんだよなぁ」
「リョーマさんがどうかされたんですか?」
「お。菜々子ちゃん!」
「おかえりなさい」

洗濯物を抱えて出てきた菜々子は、南次郎の話が聞こえてリョーマのことが心配になる。

「リョーマなら大丈夫よ」

そんな菜々子を見てか、倫子は南次郎と菜々子に言い聞かせるかのように言い張った。

「あの子だって思うところがあるんでしょう」
「あ?どういう意味だよ」
「鈍い人は放っときましょう」
「おい!ちょっと待て!」

リョーマは、ただ苛立っていた。部屋で一人、今から大会に行く準備を着々と整える。こうもスムーズに準備がいくのは、昨日から彼女がいないからだろう。

「できた」

準備を済ませたリョーマは、すっと立ち上がり机の上を見ると、目に留まったのは、彼女が置いて行ったお守り。そして、そのお守りの中に入っているのは、彼女の携帯の番号が書かれたメモ。

「…」

今から大会だというのに、父とテニスをしてもどうもいつもの調子が出ない彼は、そんな自分に苛立つ。 別に彼女が何日かいなくなろうと関係ないと思ってた。ただ、彼女が来る前の状態に何日か戻るだけのはずだった。 また煩くなくて、自分の部屋も一人で狭くなくていいとも思った反面、なぜかリョーマの心にあるのは、人に無頓着な彼が今まで味わったことがない。
静寂と心痛そして屈託の感情…。
でも、その感情にリョーマ本人は気付いていない。だからこそ、リョーマはなぜか分からず余計に腹が立つのだ。そんなとき、ガチャリと部屋のドアが開いた。

「っ!だれ?」
「リョーマ、時間だぞ」
「なんだ、親父か」
「ぁあ?!」
「なんでもない」

リョーマは、そんな父を無視してテニスバッグを持ち、部屋を出た。

「いってきます」
「頑張ってください!」



リョーマは、足早に駅へと向かう。ゴトンゴトンと揺れる電車の中、手に頬をつき憂鬱そうにリョーマは考えていた。

「(いまいち、調子でないんだよね…)」

テニスのプレーには、全く支障がないとは言ってもどうも空虚に感じる心にどこか引っ掛かり苛立つ。

「お前ら、自分のグリップの握りも知らねぇのかよ!」

ただでさえ、リョーマは苛立っていたのに、大きくぶんぶんと電車の中でテニスラケットを振りまわす男にさらに苛立ちを覚える。

「…はぁ」

普段なら自分の知ったことじゃない。とリョーマは無視をするだろうが、人が考えてるときにこうも煩くされると迷惑この上ない。

「トップスピンを打つならウエスタングリップ!こうやってラケットの面を立てて握手する感じで握るんだよ!」

相手が制服を着て、年上だろうが関係ないリョーマは、この言葉に我慢の限界を超えた。

「ねぇ、うるさいんだけど」

さっきまで煩く喋っていたものや近くのものが皆、リョーマの方を見た。

「は?…おっと」

リョーマのとっさの声に反応し、振り返るときにポロリと先ほどまで振りまわしていたラケットが手から滑った。

「まいったぜ!ガキに注意されちゃっ…」
「ピンポーン」
「!」

落ちたラケットを拾おうと上からラケットを掴むと狙ったようにリョーマは声を発した。

「置いたラケットを上から掴む様に持つのが正しいウエスタンの握り方」
「くっ!」
「ちなみにアンタの言う“握手する様に”は、イースタングリップだよ」

リョーマは、帽子をかぶり直しながら続けて言う。

「よくいるんだよね。逆に覚えてるやつ」

電車内に次の駅の到着を知らせるアナウンスが響く。その声に反応してリョーマは立ち上がり、テニスバッグを肩から提げてドアが開かれたと同時に電車を出た。

「あっ!私も降りなくちゃ!」

先ほどまで電車に乗っていたが、ラケットを振りまわす彼らがいたため、降りられずに困っていた時にリョーマに助けられた、二つくくりにみつあみをした長い髪を揺らしながらの少女も、急いで電車を降りた。

「ねぇ、柿の木坂テニスガーデンってどっち?」

リョーマは、ホームで偶然見かけたその少女に場所を尋ねるのだった。



『え!それで5分遅刻で失格?!』
「そう」

夜、お風呂から上がったリョーマはに電話で、同じ年くらいの少女に間違えた道を教えられたところから偶然、電車で騒いでいた高校生と草試合をすることになってしまった事情をに話す。

『でも、決勝に出る予定だった高校生に勝ったんでしょ?それなら、やっぱり私も行きたかったなぁ』
「俺は強い奴とやれたらそれで良かったけど」
『相手が弱すぎた?』
「そういうこと」
『相変わらず、生意気ね!』
「だって本当のことだし」
『それにしても、私、リョーマが本当に電話くれるなんて思わなかった』
「しないと後で煩そうだったから」
『あはは、確かにしてくれなかったら怒ったわよ』
「よけい面倒になるからね」
『さすが、リョーマ!』
「…」

普段の自分なら、こんなどうでもいいことを相手に話すなんてあり得ない行動だとリョーマは自分でも思うが、が一方的だったとは言え、そうとう大会のことを気にしてくれていたとの約束を破るわけにもいかなかった。

『ありがとう。ちゃんと電話くれて』
「別に、暇だったしね」
『そっか!私がいないから、リョーマは暇なんだー!』
「切るよ?」
『やだ!嘘!ごめん!』
「はぁ…」

リョーマが電話を切ろうするとこの態度だ。一体、どっちが…とリョーマは言いたくなる。

「…そっちはどうなの?」
『え、私?私なら、大丈夫!予定通りってところ』
「なんにもないならいいけどね」
『心配してくれてるの?』
「全然」
『ひどーい!』

からかわれた声に相変わらずの反応を返してくるに、リョーマは自分では気付いておらずとも自然に口元が緩んだ。

「あ。ねぇ、の学校って青春学園だよね?」
『そうだけど…それがどうかした?』
「じゃあ、いいや。言う手間も省けるし」
『え?何が?!』
「別に」
『気になるじゃない!』
「おやすみ」
『ちょっと!リョーマ!』

プツンと、リョーマはの制止の声も聞かず電話を切り、携帯を閉じた。

「ふわぁ~」

いつの間にか、自分がずっと苛立っていた気持ちがおさまっているということに気にも留めず、一気に眠気に襲われたリョーマはベッドに入り眠りに就いた。

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