03話 事の前触れ
「リョーマ!そこのお皿も洗うから貸して」
「これ?」
リョーマは、机の上にあった食べ終わった皿をに手渡す。
「うん!ありがと」
私はリョーマからお皿を受け取り、お礼を言うと、リョーマは気にせずに台所から去ろうとする。
「あ。リョーマ!あとで部屋に行っていい?」
しかし、その声にリョーマはぴたりと足をとめて振り返る。
「今日はなに?」
「昨日のサスペンスの完結編」
「あ、そう」
リョーマはため息をついて台所を出た。これは、リョーマなりの肯定である。
「…ちゃん一体どんな技使ったんだ?」
「なにがですか?南次郎さん」
「リョーマの奴にだよ」
私は、なんとなく南次郎さんの言いたいことを理解する。たしかにここへ来て一週間の時は、全くと言っていいほど、リョーマは私とまともに話してもくれなかったのだ。前の私たちの関係が異常だったとはいえ、今の私とリョーマの会話を聞いて、南次郎さんが疑問に思っても不思議じゃない。
「別に、技なんて使ってないですよ」
むしろ使おうしたけど失敗したわけで…。
「ありがとうちゃん。ここはもう大丈夫よ」
「いえ!じゃあ、私はこれで!」
一通りのお皿を洗い終わった私はリョーマの部屋へと向かった。
「あのリョーマが部屋に女の子なぁ…」
「あら、ちゃんに盗られたみたいで不満?」
「なに馬鹿なこと言ってんだ」
南次郎は、立ち上がりきょろきょろと周りを見渡して倫子にこっそりと耳内をする。
「あさってはちゃんも行くんだろ?」
「残念だけど、明日からちゃんは…」
倫子は、お皿を片付けながら、リビングにかかるカレンダーを南次郎に見せつけるように指差した。
「遠征?」
「そう。部活のね」
リョーマはベッドに座りながら、リョーマの部屋のテレビの電源を切るの方を見た。
「いつ?」
「明日から2泊3日」
「なんでそんな急なわけ?」
「私が居なくて寂しい?リョーマ」
「全然」
「言うと思った」
想像した通りの答えがリョーマから返ってきた。
「…あさって、俺も用があるんだよね」
「なに?」
「試合」
「へ?」
なんの?と聞かなくても、もう、何度も訪れることに慣れてしまったリョーマの部屋を見れば分かる。テニスの試合に決まってる。
「ええ!嘘!なんで言ってくれなかったのよ!」
「自分だって言わなかったくせに」
「あーぁ、応援に行きたかったなぁ」
「別にいらない」
「もう、素直じゃないわね!」
でも、本当に残念だ。リョーマのプレー、見てみたかった。さすがに合宿を抜け出すわけにもいかないし…。
「頑張ってね!リョーマ」
「ん…」
「そうだ!ちょっと待って」
「?」
私は、一度リョーマの部屋から出て、一度自分の部屋に戻る。
「あ!あった!あった!」
机の中に入れていた、赤い「勝利祈願」と書かれたお守りを見つけると、私は再びそのお守りを手にして、リョーマの部屋に戻る。
「このお守り。リョーマにあげる」
「別にこんなのなくても…」
「いいから!私がリョーマに受け取って欲しいの」
「…はぁ」
リョーマはため息をつきながらも、しぶしぶとの手からお守りを受け取とる。
「じゃあ、頑張って!リョーマ!」
「俺はいいから、早く寝た方がいいんじゃない?」
「あ!本当!もうこんな時間!」
「おやすみ」
リョーマは眠そうに欠伸をする。
「おやすみ、リョーマ」
パタンと私はリョーマの部屋のドアを閉めた。 の部屋にはテレビが無いせいもあり、いつのまにか家だけじゃなく、すっかりリョーマの部屋で一緒にテレビを見たり、ゲームをしたり、くだらない話をしたりといったことが当たり前になっていた。 普段煩いだけに、出て行ったあとは部屋がやけに静かになる。そんな自分の心に少し疑問を感じながらも、眠さには勝てない。
「ふぁ~あ」
リョーマは、ベッドに横になってすぐに眠りについた。
「あーあ、リョーマの試合かぁ」
私は部屋に戻った後も、残念な気持ちは抜けなかった。 試合の結果も気になる…。うーん。と、私はベッドの上でごろんと横になっていると…。
「あ」
自分の携帯電話が目に入った。
「リョーマがくれるとは思わないけど」
これしかない!
私は、ベッドから出て机の上にある紙とペンをとり、サラサラとメモを取った。
「いってらっしゃい、ちゃん」
「いってきます!」
「気をつけて下さいね」
「はい!」
私は、朝早くに家を出て駅へと向かった。
「ふわぁ…は?」
リョーマは、朝起きてテーブルに置かれたメモが目にとまった。そのメモには、
“試合が終わったら、必ず連絡すること!!”
と書かれたメッセージと共に、の携帯番号とメールアドレスが書かれてあった。 そういわれてみれば、お互い家にいるのが自然になっていたせいかに携帯の番号を教えていなかったことをふと思い出す。
「…めんどくさ」
ボソリと呟きつつも、リョーマはからもらったお守りの中にそのメモを入れる。
「ほんと、馬鹿だよね」
リョーマは、自分でも気付かないうちに優しく微笑んでいた。